宇多嶋翔の此れ好日

2018年01月号 vol.1

デジカメが写真を転覆させた・・・写真の技術が解放された世界を楽しもう!

2018年01月15日 17:10 by show21up

 

絵画をやってる人からすると~写真ほど怖いものが

ないようですね

誰でも、即座に、最高の品質で絵を描き上げて仕舞えるので

単なる商売敵どころの騒ぎではないらしい

現に、金銭ベースで絵画の売り上げは激減を辿ってます

昔は写真がなかったので肖像画という市場は画家の

独占場だったのが今では多くが写真に取り替わっています

画家の世界でも全員がピカソを狙ってるのでなく

地域や人脈で有名になり関係者の肖像画や屋敷や

お気に入りの風景を描く画家が大勢いる訳です

これらの多くが写真に取り替わってしまった

 

ところが写真をやってる者からすれば絵画ほど

忌まわしい存在はない

絵画ならつまらん味のないものでも何十万円や

何百万円で画廊で取引される。写真といえば

日本ではいまだに画廊の商材にはならない

雑誌や新聞を飾るのはいいが、その量数は多くても

極々限られた写真のみが大量に出回るだけ

つまりは人々の習慣性と価値観に起因するという

原因追及は簡単だけど人間の持つ保守性を打破する

手法や行動を考え出し実行するのは至難の業

さてさて、写真と絵の違いも、実は・・・

誤解と偏見に包まれている

(注)ただし、昔の写真は絵画と一緒だったわけで

デジカメの誕生で写真の世界がひっくり返った現実を

いまだに多くが理解できてないだけなんだけど

 

絵というのは誰でも描ける訳でない

絵を描くという技術の習得ありきで・・・

技術があって初めて絵が描ける

写真も昔はそうだった

カメラ操作の熟練ほど綺麗な写真が撮れた

高級カメラになるほど操作が難しくガイドブックなど

には載らないので写真は徒弟制度のようにして

技術が伝播された・・・多くが今でもこの世界の

幻影をさ迷っている

 

今はデジカメの時代

綺麗な写真が欲しければ、高級なデジカメを購入し

オートに設定しシャッターを押せばいい

今では手振れ修正機能さえある

それでも心配なら三脚を買えばいい

多くは3万円前後の三脚を使うが粋を極めたければ

三脚だって100万円する時代

100万円の三脚なら嵐でもどんなに乱暴にシャッター

を切ってもぶれない

 

つまり今の写真は最初に写真ありきの時代なのだ

デジカメは綺麗な写真が撮れるように最初から

プログラムされた世界。だから、スマホでさえ

昔のプロを遥かに凌ぐ写真が自動で即座に撮れる

時代なのだ

だから、写真のスタートポイントはここなのだが

この現実を誰も見ようとはしない貧弱さ

現に、写真のガイドブックは未だにカメラ操作に

ついて書いてある。セミナーもそうだ・・・!

本末転倒した倒錯の世界に誰も疑いを持たない

不思議

 

話しは急に飛ぶが・・・今日の写真はある面では

陶芸の世界に似ている。ロクロなど誰でも回せる

ちょっと気の利いた者なら2か月もあれば

左右対称の完璧な代物を作る・・・がこれなら

ロボットでも完璧な相似形を作る

1個30円の世界だ

プロのスタートラインは、ここだ

完璧な相似形が作れるようになって、これを 歪めていく

微妙な歪め具合が個性であり、人々の感動を呼ぶ

見る人の心の機微に触れれる個性が表現できてこそ

初めて値が付く。それには10年修行しても新人だし

50年経っても新人を卒業できない者もいる

これは純アートの部類で、写真もこの部類では

滅多に商売にはならないが・・・

 

写真はコピーか? あるいはメッセージ(表現)か??

のスタートポイントにいま私たちはいる

昔は写真とは被写体のコピーだった

だから正確に鮮明に被写体を写し撮るのが写真技師の世界で

昔はこれをプロといったが、これをデジカメのプログラムが

奪い取った

欧米ではギャラリーで写真の販売が始まっている

同じ被写体、同じカメラでも、撮り手によって写真が違う

これが photographer の誕生で写真はメッセージという

アートの世界が始まったが日本ではまだまだ写真とはコピーという

偏見から抜け出せないでいる

遺影写真の前撮りなどでも、自然で本人らしいのがいいと

市場が言い始めた・・・とくかく、やたらと最近は自然なのが~

と市場が騒ぐ

しかし、現実は、遺影写真でも正面を向いてライティングで

影を消し、さらには修整をたんまり仕込んだ不自然極まりない

作り物の写真でないと納得しない

コピーでは飽き足らず、さらに上げ底せよとのお達しが多い

人間の顔は歪んでいる

この歪みが人それぞれに微妙に違うのが個性となる

さらに個性を際立たせるのは顔に影を作ることになる

つまり人との違いを隠したいようだ

 

今日は自己満足の時代

カメラこそ自己満足の道具

それで多くの人々がカメラに飛びつくが

自己満足できずに辞めていく

写真は習うものでもなければ学ぶものでもない

楽しむものだ

自己満足という楽しみを通じて様々な写真の

世界を広げていくものだ

それは見る人々を楽しませる自己満足させる

写真もある

そんな人々の様々な自己満足を

共有できる世界を

このマガジンを通じて作っていければと思っている

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